2023年7月14日(金)、

第十一回河合隼雄物語賞・学芸賞の授賞式が、

京都のホテルオークラで行われました。

 

この日は、京都三大祭りの一つ、

祇園祭の前祭の真っ最中で、

気候だけでなく京都の町全体が熱く盛り上がりを見せていました。

 

 

授賞式は、

コロナ禍前とほぼ同様の規模と形式で、

受賞者、選考委員の他、

多くの関係者が一堂に集まり、

和やかで晴れやかな雰囲気の中で行われました。

 

河合成雄評議員の司会で授賞式およびパーティーが進行していきました。

 

まず、河合俊雄代表理事による開会の挨拶です。

 

今月7月19日で、河合隼雄の十七回忌を迎えますが、

まだまだ河合隼雄の著作が読まれ評価されていることは嬉しく、

7月3日に『別冊太陽 河合隼雄』(平凡社)が発刊されたことを紹介。

編集チームは十七回忌をまったく意識していなかったにも

関わらずこのようなタイミングで、

この素晴らしく美しいムックが完成したことの不思議な縁を語りました。

 

またこの賞もこのたび第十一回、

2周目に突入し新しい選考委員を複数名迎え、

もともとの精神を大切にしながら新しい変化への期待が話されました。

 

文化庁長官であった河合隼雄が

いろいろなところで文化活動が広まってほしいという遺志を大切に、

授賞式ではいつもミニコンサートが行われています。

 

今回は、ピアニストの酒井茜さんをお迎えし、

ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」と

ショパンの「幻想曲へ短調 Op.49」の二曲を演奏していただきました。

深く水底をたゆたうようなピアノの音色とともに、

言葉とは異なるチャンネルを通じて、

そこの集う参加者それぞれが、自らのこと、

あるいは河合隼雄のことを想う時間となりました。

 

このあと、第十一回河合隼雄物語賞・学芸賞

それぞれの授賞のセレモニーが始まりました。

今回、物語賞を受賞されたのは、

吉原真里さんの

『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』

(アルテスパブリッシング)です。

第十一回から学芸賞から物語賞の選考委員に移った岩宮恵子選考委員より、

吉原さんに正賞の輪島塗盆と副賞の授与が行われました。

物語賞の選考委員の3名、

岩宮恵子委員、小川洋子委員、後藤正治委員が紹介された後、

選考委員を代表して岩宮さんより講評をお話いただきました。

 

今回初めて、

ノンフィクションが河合隼雄物語賞を受賞し、

物語賞にあらたな歴史が刻まれたことを紹介。

河合隼雄は

クライエントの人生が大きな偶然によって展開する物語性について

常々語っていたが、

この本も著者であり学術研究者である吉原さんが出会った

偶然によって誕生したことからすでに物語が始まっており、

そしてこの本に登場する二人の日本人にとって、

それぞれがバーンスタインに向けて手紙を書き続けることが、

それぞれの人生をいかに動かしていったか、

さらにはこの本の制作過程で

さまざまな出会いと出会い直しが重なって物語が展開していくことを

丁寧に描かれていることが話されました。

さらには戦後日本の状況を文化のみならず

多層的に深い考察を展開していることの素晴らしさも有しており、

物語賞にふさわしい作品として選出されたことが話されました。

現在でも、「推し活」という言葉もあるが、

思い通りに行かないときに誰かを純粋に応援し続け、

その作品を丁寧に分析していくことが、

自分の物語を作ることになることを

しみじみ感じさせてもらったということも指摘されました。

 

なお、選考委員の後藤正治さんの講評

「手紙を端緒に戦後日本の変遷を描く」は、

『新潮』8月号の紙面でお読みいただけます。

 

岩宮さんの講評の後、

吉原真里さんから受賞のお言葉をいただきました。

 

アメリカの歴史や文化、

日本やアジアとの関わりの分析し日本語と英語で論文を執筆する研究者、

教育者としてのこれまでの自身の経歴の上で、

アメリカとの関係が深く、音楽を愛し、

文化庁長官を務めた河合隼雄の名前を冠した賞を受賞したことに

感慨深く感じていると話されました。

 

 

研究者である自分が、資料の収集、

分析の上で執筆した本書が「物語賞」を

受賞することに驚くとともに、

優れた文芸作品に仕上げるにあたり、

二人の主要な登場人物、

手紙の送り手が自分を信頼しその筆に託してくれたこと、

惜しみなく共有してくれたことへの感謝が述べられました。

 

本書ではいくつも交差する物語が描かれています。

レナード・バーンスタイン自身、

この偉大な音楽家と文通を通じて愛情を育んだ2人の日本人、

さらには手紙自身も一つに主人公として役割を果たしていること。

またアメリカと日本の政治や芸術文化や人々の暮らしという

マクロとミクロがいかに絡み合っているか。

さらには執筆過程を通じて著者自身が

人間として成長したことを実感したことが話されました。

 

本著書の執筆を通じて物語を語ること

(語るべきこと、語らずにおいておくこと)が、

文芸作家だけでなく研究者やジャーナリストにとっても大切なことであると、

印象に残るスピーチでした。

 

 

続いて、学芸賞の授賞セレモニーが行われました。

今回、学芸賞を受賞されたのは、

國分功一郎さんの

『スピノザ――読む人の肖像』(岩波書店)です。

 

 

選考委員の中沢新一さんから、正賞と副賞が手渡されました。

 

学芸賞選考委員として、

内田由紀子委員、中沢新一委員、

山極壽一委員、若松英輔委員が紹介され、

選考委員を代表して中沢さんにより講評をお話いただきました。

 

中沢さんはかつて、

河合隼雄の思想の中にスピノザが近いものがあると感じ、

河合隼雄にスピノザの『エチカ』を読むように強く勧めたことがあったそう。

後日河合隼雄から

「中沢さん、あれは素晴らしい本だった。

ものの3分も経たないうちに深い眠りに落ちてしまった。

あんな素晴らしい催眠作用がある本はない」と言われ、

非常にがっかりした想い出があるという笑い話交じりに紹介。

 

しかし、河合さんが寝てしまう本が実は結構いい本ってこともある。

 

スピノザの思想の特徴には、

人間性の根幹には情動があり、

しかも神のことを考えながら、

一つの体系にまとめようとしていること。

そしてその思想には、

現代の人類が直面している問題にストレートにこたえてくれる魅力があり、

いかに役に立つか。

さらにはスピノザがユダヤ教や西洋にもおさまらず

自由に運動していく情熱があることを指摘します。

 

そのスピノザの現代的意義を、

國分さんが世界的な水準で吸収して再構成しており、

そして東洋人だからこそ深いところで理解し、

それを哲学で取り組む大冒険に挑んでいると指摘。

ぜひ國分さんには、

これからも正統な道を行きながら新しい学問を拓いていってほしい。

それができる人であり日本に大きい意味をもたらすことができると思う、

と力強いエールを送りました。

 

なお、選考委員の内田由紀子さんの

講評「スピノザの今日的意義」は、

『新潮』8月号の紙面でお読みいただけます。

 

 

続いて、國分功一郎さんからの受賞のお言葉をいただきました。

 

國分さんは、

河合隼雄学芸賞の授賞対象の

「すぐれた学術的成果と独創をもとに、

様々な世界の深層を物語性豊かに明らかにした著作に与えられる」という条件の、

「物語性豊かに」という点に感銘を受けたと話されました。

 

 

哲学は「考える」ことと思われるけれど、

本作品の副題「読む人の肖像」に示されるように、

スピノザが読んで語った哲学を、

自身も読んで「語る」ことを大事にし、

物語性を意識してこれまで哲学に取り組んだつもりで、

その取り組みを認められたことと、その喜びを語られました。

 

さらに本作品の執筆において、

たくさんの人のご支援の結果として、

編集者、友人たち仲間たちの名前を一人一人あげたうえで、

國分さんは特別な想いとともに

「最後に、ここにはいらっしゃらず、この世にもいらっしゃらない、畠中尚志先生」

の名前を挙げられました。

 

畠中尚志先生は、

これまでほとんど顧みられることがなかったが、

岩波文庫のスピノザの一連の著作をラテン語から日本語に翻訳し完成させた人物。

この畠中尚志先生は、

若い頃に罹患した病のために、

病床に伏し横になったまま翻訳したこと、

奥様が口述筆記して『エチカ』の翻訳を仕上げた

という事実に驚愕したことを紹介され、

「河合隼雄学芸賞という栄えある賞を、

一度もお目にかかったことのない畠中尚志先生に捧げたいと思います」

と偉大な先人への心からの深い敬意とともにスピーチを締めくくられました。

(畠中尚志先生については、國分さんによって、

『畠中尚志全文集』(講談社学術文庫)が昨年末に刊行されています。

國分さんの解説とともに、畠中先生の娘さんのエッセイも収録。)

 

 

授賞の記念撮影のあと、

河合隼雄の長年の弟子、

子ども世代の代表として東山弘子さんによる乾杯の挨拶では、

約60年前の河合隼雄との衝撃的な出会いや、

ともに日本の心理臨床活動の改革に関わったエピソードを紹介していただき、

会場の皆と杯を交わしました。

多くの関係者が同じ空間に集うなか、

河合隼雄が大切にした「たましい」や「物語」を

それぞれの与えられた場所で

どのように大切に紡いていくのかを深く考えさせられる授賞式となりました。

 

吉原真里さん、國分功一郎さん、

第十一回河合隼雄物語賞・学芸賞受賞、まことにおめでとうございました。

 

 

11月23日に十七回忌記念シンポジウムを予定しています。

詳細は後日こちらのHPでお知らせします。お楽しみに。