皆さんこんばんは。小川洋子です。

 

本日はいとうみくさん、物語賞受賞おめでとうございます。

初めて児童文学の方がおとりになったということで、

昔話、おとぎ話、童話にずっと心を寄せておられた

河合隼雄先生も喜ばれているんじゃないかと思います。

 

そして今日は珍しく小さなお子さんの姿がこの会場にあって、

ジュースをチューチュー吸う音も聞こえたりして、

小さな子どもが物語を生きているんだなと感じて

今日は嬉しい気持ちになりました。

 

10回を迎えて過去の物語賞の受賞作品を振り返ると

さまざまな作品がありました。

物語賞は既存の枠を自由自在にうち破って独自の道を進んでいると

10年たって感じることができるようになりました。

 

受賞作の『あしたの幸福』は、

お父さんと二人で暮らしている中学2年の少女が主人公です。

父親を亡くす所からスタートします。

少女が考えたのは、自分の築いてきた居場所を守りたいということ。

子どもだからという理由で大人たちから勝手に奪われたくないと強く思う。

そこで彼女がとった行動は、

赤ん坊の時に別れて以来会っていなかった母親と一緒に住むことを選ぶんです。

感傷的な再会場面はなくて、少女はむしろ自分のためにあの人を利用するんだ

という意気込みなんです。

 

お母さんという人が変わった人で、

いくら長い間会っていなかったといっても自分の娘に対して

「お困りでしたら一緒に住みましょうか?」という口の聞き方をするような人。

あぁ、この人は社会でうまく折り合いをつけていくのが難しい人だろうな、

それが理由で幼い赤ん坊を置いて離婚をしたという経緯もあるわけですが。

そこにさらに死んだ父親の恋人が転がり込んでくる。

しかも妊娠している。少女にとっての異母弟妹が生まれるわけです。

 

少女、実の母親と父親の恋人の三人が一緒に生活をする。

説明すると奇抜に思われるけれど、本を読んでいると不自然な感じがしないんですよね。

 

それが何かというと、主人公が持っている瑞々しいキラキラした生命力が

この小説を支えているからじゃないかと思いました。

 

そこまでは小説に書かれていないけれど、

少女とこのお母さんがこれから先、うまくやっていけるだろうか? 

あるいは赤ん坊が生まれた後に三人の関係はどう変化していくのだろうか?

と読者は勝手に心配する。

 

しかし読み終わったあとに、

明日の不運を嘆くのではなく、明日の幸福を信じたうえで今の一歩を踏み出そう。

父親が死んだという不幸に押しつぶされるのではなくて、

頭の上にのしかかってきた大きな石を足下に置いて、

それを踏み台にして新しい一歩を踏み出す。

そういうさわやかな読後感を得ることができました。

 

いとうさんには物語賞の受賞を一つのきっかけとして、

一層ご活躍いただけたらと願っております。