11月23日(木祝)、第11回河合隼雄物語賞・学芸賞記念講演会が、

東京・日本橋の会場とオンラインのハイブリッドで行われ、

たくさんの来場者と視聴者を迎えて、楽しく和やかな雰囲気の中で行われました。

 

   

 

 

まずは、文化・社会心理学者の内田由紀子さんによるご講演

「文化心理学のエビデンスから再考する河合隼雄」です。

内田さんは、「心と文化」をテーマとして

データサイエンスに基づいたご研究を行っている文化心理学者です。

内田さんが学部生時代に『昔話と日本人の心』(岩波書店/岩波現代文庫)の本を持参し

河合隼雄に会いに行って直接サインを求めたエピソードを紹介。

その時の本の見開きのサインの投影画像もほほえましく、

内田さんの清々しい情熱が伝わってくるようなお話にぐっと引き込まれました。

そして古典文学への関心から出発し、

文化・社会心理学者になっていくご自身の来し方を振り返りながら、

出会いや場に動かされる主体性、選びとるもの、

自ら取りに行くものではなく、立ち上がるもの、

やってくるもの、受け入れるものという日本人の主体性や日本文化の特性を、

自らの経験を通じてたいへんわかりやすくお話いただきました。

そして、今回の講演にあたり、河合隼雄の著書を徹底的に読み込み、

河合隼雄が取り組んだ日本人の心、日本文化のあり方を再考し、

最先端の文化心理学の研究成果との関連性を通じて鮮やかに解説していきます。

 

①自己とは何か、②関係とは何か、③美とは何か、④グローバル化について、

という4つの河合隼雄が取り組んだ「問い」について、

昨今の、特に日米比較研究から明らかになってきていることを、

たいへんわかりやすく解説していただきました。

 

北米と日本の比較研究では、

「個の論理」と「場の論理」、

「くっきりとした自己イメージ」と「他者やアンカーを必要とする自己イメージ」、

Awe(畏怖、畏敬)の体験が、

「対象の素晴らしさ・偉大さの体験」と「自分の存在の小ささを実感する体験」などのように、

さまざまな違いはたいへん興味深く、思い当たることも多く、

感心したり深くうなずいたりしながら聴きました。

 

そして⑤「場のウェルビーイング」、すなわち日本的な協調的幸福観は、

内田さんらが注目しているウェルビーイングの視点で、

最近では、単に日本人の特異性に終わらず重要な視点だと、

海外の研究者も注目し始めていることに興味深く聴きました。

 

このように、河合隼雄が徹底的に取り組んだことを、

現在の文化心理学のエビデンスから再考し、

その複雑さ、曖昧さを切り捨てずに大切に抱えながら、

明らかにしていこうという内田さんの科学者の真摯なまなざしに感銘を受ける講演でした。

 

かつて河合隼雄にサインしてもらったという『昔話と日本人の心』に対する、

内田さんから河合隼雄への返歌のような今回の講演。

『〈最先端研究の話〉と日本人の心』というタイトルが思い浮かんできて、

内田さんのさらなる研究成果が待ち遠しいです。

 

次に、人類学・宗教学者の中沢新一さんによるご講演「河合隼雄における2と3」。

 

最初に河合隼雄の冗談やダジャレ、無内容の話がたいへん重要だった話。

河合隼雄の英語の講演を聴いた聴衆の一人の外国人女性に、

「河合先生の講演に“8”という数字が何度も出てきましたが、

先生にとって8はそれほど大事なのですね?」と言われ、

河合隼雄はキョトンとした。

実は英語の苦手な河合がしばしば「えーと、えーと・・・」と口ごもっていたのを、

「8eight」だと勘違いされた、という、河合隼雄がかつて語っていたジョークを紹介。

しかし実に“8”は2の3乗であり、

2の原理と3の原理が結合されている特別な数字であること、

河合隼雄の思想の根幹にかかわる数字であり、

今回の講演のテーマ「河合隼雄における2と3」につながっているのだ、

という(本当か嘘かにわかにはわからない)前口上には一同大笑いでした。

「思考」、すなわちものを考えること、

人間の脳のシステムの基礎は、

世界を2つに分けることを根本として行われており、

“2”の原理によっているといいます。しかし一方で、

人間のこころの深層に分け入っていくと、

そこには“3”の原理が存在することがフロイトやユング、

ラカンなどの精神分析学によって示されました。

この“3”の領域は、無意味や無内容といった「空」であり、

思考とは異なる、感性のように一気に世界や事象を把握する領域だといいます。

このように人間には、善悪のような二元論だけでなく、

この“3”の原理で動くこと、

つまり感性や機知(河合隼雄のダジャレやホラなども)といったものの働きがあること、

その重要性が、たいへん難解な概念ですが、わかりやすいように解説していきます。

 

物語や神話において、主人公の性質が反転したり、

メビウスの帯のようにねじれが入るのは、この“3”の働きによるもの。

さらには、箱庭が「言葉によらず感性に訴える」という点で河合隼雄が重視したのには、

「あいまい」や「空」を内包した“3”の原理による直観的な空間造形が可能であること、

さらには河合隼雄が冗談やダジャレを好んでよく語っていたのも、

これらの「機知」が分離した2の世界を結合して

新たな地平をもたらす“3”の原理を孕むものだからだと中沢さんは指摘していきます。

少しずつ、“3”の原理がわかってきました。

 

レヴィ=ストロースが

「日本人は、未開人の心を持ったまま高度文明を持った稀にみる文明人」

と評したといいます。

逆にこれを現代、さらにはこれからの社会の中でどう生かしていけばよいのかを考えさせられる機会となりました。

 

2つの講演の後は、内田さん、中沢さんに加え、河合俊雄代表理事の3人のディスカッションです。

 

内田さんの「個の論理」と「場の論理」、

中沢さんの「“2”の原理」と「“3”の原理」についての講演を受けて、

河合隼雄が取り組んだ「こころ」についての理論や日本文化の特異性、

さらにはこれまで世界を席巻してきた価値観や方向性が破綻を迎えつつある今、

今後の方向性について、3人で自由に語り合いました。

 

これまでの科学的研究は“2”の原理に基づいた方法論によっているもので、

人間の営みとしての文化や社会についての研究では、

現におこっている“3”をどうとらえるか、

内田さんが自身の研究での苦心と工夫について話されました。

3人の議論は、さらに、

世界の諸地域の特徴を多彩に取り上げながら楽しいやりとりが続きました。

均一化させずに、いかにネガやノイズを含んだ「場の論理」を考えることができるか。

主体のないところ、何もないところから立ち上がる「発生」、

また一神教が生まれる前の「贈与」の話、現代における“3”の原理についてなど、

“3”をめぐってさまざまなところへ話題が及んでいきました。

 

これまでわれわれが慣れ親しんできた言語や思考は“2”の原理なので、

“3”の原理を理解することは実はかなりの難しさを感じますが、

3人の議論を通じて、また2との比較を通じて、

「感性」や「日常感覚」でこの“3”の原理を、

自らの内から掘り起こす機会になったのではないでしょうか。

 

今回はハイブリッド開催ということもあり、

たくさんのご来場とともに、

たいへん多くの方にご視聴いただきまして、ありがとうございました。